時は訪れた。

休息は終わりを告げ歴史は流れを速める・・・

二章『導となる少年』

序『魔法使い』

「いやっほーーー!!」

静かな森に子供達の歓声が響き渡る。

夏の暑い日七夜の子供達は、川に次々と飛び込み涼を取る。

「あーーー気持ち良い!!」

「うん!!」

皆口々にわいわい騒ぎながら泳ぎ回る。

しかし、

「そう言えば志貴は?」

誰かが言ったその一言に場は静まり返った。

「志貴だったら準備をしてる・・・」

「そう言えば志貴くん何時だったっけ・・・」

「明日だって言ってた・・・」

「ひすちゃんに、こはちゃんは?」

「しーちゃんの準備手伝ってる」

「二人とも落ち込んでたんじゃないか?」

「とても声掛けられなかった・・・」

子供達はみな沈んだ声となりその場に相応しくないものとなってしまった。







その頃屋敷では、

「えーと、着替えも全部入れた・・・『七つ夜』も・・・よし、確かこのケースに入れておけば『金属探知機』ってものに掛からないって父さんと『先生』が行っていたな」

先日九歳となったばかりの七夜志貴が自分の体と同じ位の大きさのトランクケースにいろいろ詰め込んでいる。

「志貴ちゃん・・・」

そこに水色の瞳をした少女が部屋に入ってきた。

その活発な表情は明らかに沈んでいた。

「あっ翡翠ちゃん、どうしたの?」

「うん・・・お姉ちゃんやお母さんと志貴ちゃんの準備済ませたから・・・」

「そっか・・・僕の方も大体終わったよ。ありがとう翡翠ちゃん。今日はせっかく遊びに行く筈だったのに・・・」

「ううん・・・良いの、あっそうだ!お父さんが自分の部屋に来るようにって言っていたよ・・・」

「父さんが?わかった。これが終わったら行くよ!」

「うん・・・」

そう言うと、翡翠は沈んだままその部屋を後にした。

「・・・ごめんね翡翠ちゃん・琥珀ちゃん・・・でも、僕知りたいんだ・・・自分がまだどれだけ強くなれるのか・・・」

そう呟く志貴の表情もまた沈んでいた。

それには訳がある。

事の発端は一月前に遡る・・・







その日も休暇で志貴はいつもの様に翡翠や琥珀、そして他の子供達と一日中遊び呆けていた。

そして帰宅時に彼は一つの出会いを果たすと同時に、歴史は澱みから抜け出した。

「君?七夜志貴君って」

翡翠・琥珀と帰る途中志貴は後ろから声を掛けられた。

志貴達が振り向くとそこには大きなトランクを持った女性が立っていた。

翡翠達と同じ赤い髪を腰の部分まで伸ばした・・・とても綺麗な女性が・・・

「は、はいっ!!・・・僕は確かに七夜志貴ですが・・・えーーとお姉さんは?」

「ちょっと君のお父さんに用があってね。でも少し早く来た甲斐があったわ・・・こうやって君に会えたんだから」

「僕に?それは・・・痛っ」

不意に志貴の両わき腹を双子姉妹が目すら合わさずに同時につねる。

「ひ、翡翠ちゃん?・・・琥珀ちゃんも・・・」

「志貴ちゃんの・・・」

「浮気者・・・」

「ええっ?」

翡翠達に覚えの無い汚名を受けた志貴は思わず姉妹と眼の前の女性を見比べるが、不意に女性が笑い出す。

「ふふふっ・・・人気者なのね志貴君」

「は、はあ・・・それよりも父に何か用でしょうか?」

「あらっ?礼儀正しいのね。黄理とは大違いね。君本当に黄理の息子さん?」

「里の皆からもよく言われます」

「そうでしょうね」

短く言うと女性は明るく笑った。

その仕草に志貴は胸が高鳴るのを感じた。

「父でしたら屋敷の方かと思いますが」

それでも、表情を表に出さない様にしてそう答える。

「そうありがとう。じゃあ行きましょうか?」

そう言うとその女性は志貴の腕を掴むと屋敷に向かって歩き始めた。

「ええっ?」

「「ああーーーーーーっ!!!」」

二人の絶叫が里中に響き渡った。







「御館様」

当主の間で七夜黄理は、ようやく軌道に乗り始めた『七つ月』の仕事の報告書を読みふけっていたが、そこに呼びかけられた。

「どうした?」

「蒼崎様がお見えになりました」

「そうか・・・随分と早かったな・・・後は志貴が帰ってくれば・・・」

「いえ、志貴様とご一緒にお見えになりましたので・・・」

「そうか・・・ならば好都合か・・・二人ともここに連れて来い」

「ははっ」

入れ替わりに今度は妻が入ってきた。

「御館様・・・」

「どうかしたか?・・・いや聞くまでも無いか・・・」

「真に志貴を出す気ですか?修行でしたらここでも充分に・・・」

「もう・・・あいつの実力は七夜の里でも跳び抜けてしまっている・・・『閃の七技』・『閃走・六兎』『七夜死奥義』・・・あの歳にして七夜暗殺技法を完全に我が物とし、・・・極め付けは神墜の技、『極の四禁』だ。これ以上あいつをここにおいても更なる成長の足枷としかならない。お前とも何度も話し合った事だろうが」

「それはわかっております!!ですが・・・」

「あいつもあと一年で十だ。一昔の七夜なら外の世界に足を踏み込む世代だろうし、武士であるなら大人として扱われるであろう歳だ。そろそろ親離れの時期だろう」

「・・・・・・」

「おめえが辛い様に俺も辛い・・・そして後悔している・・・あいつに早く継承させすぎてしまったとな・・・」

その後沈黙が夫婦を支配した。







やがて志貴と女性が屋敷に帰ってきた。

ちなみに翡翠と琥珀はすっかりご機嫌斜めとなって、ずっと志貴の腕を千切れるほど強く抓ったままであるが・・・

「これは蒼崎様、ようこそおいでになりました。志貴様お帰りなさいませ」

「黄理はいるの?」

「御館様でしたら、当主の間でお待ちです」

「そう、じゃあお邪魔させてもらうわ」

そう言うと、我が家のように『蒼崎』と呼ばれた女性は当主の間に歩いていった。

「それと志貴様」

「はい」

「御館様がお呼びです。当主の間においで下さい」

「えっ?父さんが?うんわかった・・・」

「私達は?」

「申し訳ありません翡翠様、お二人は・・・」

「なんだ・・・つまんないの・・・」

「翡翠ちゃん・・・わがまま言わないの・・・」

「でもさ・・・」

と、そこに、真姫がやって来た。

「お帰りなさい志貴・琥珀・翡翠」

「ただいま母さん」

「お母さん、ただいま!!」

「今帰りました・・・お母さん」

「丁度良かったわ。翡翠、琥珀ちょっとお食事のお手伝いしてくれるかな?」

「「はーーい!!」」

そう元気良く答えると二人は真姫の後について台所に向かった。

「さてと・・・僕も行かないとな・・・」







「御館様失礼します」

「ああ・・・来たか志貴」

「やっと来たの志貴君」

当主の間にやって来た志貴を出迎えたのは父と先程の女性だった。

「座れ志貴」

「はい」

志貴は黄理の丁度真正面に正座する。

「まずは紹介しよう。この女性は『蒼崎青子』俺が以前仕事のつてで知り合った。そして・・・現存する五人の『魔法使い』の一人『青』の称号を持つ者だ」

「ええっ!!」

志貴は驚いた。

かつて、『アカシック・レコード』に迷い込んだ時に出会った『お師匠様』に教えられた人・・・

「えっと・・・おね・・・青子さんは・・・!!!」

その瞬間志貴は猛烈な殺気を浴びせかけられた。

「志貴君」

怖過ぎる笑みを浮かべて志貴ににじり寄る。

「私の名前は言わない様にするのよ」

拒否を許さない強い口調だった。

「・・・」

志貴は声すら出さず首を縦に振る。

横に振れば最後、生きていられる保証が無いと本気で思ったからだ。

「わかれば宜しい。私の事は名前でなければどう読んでも良いわよ。ただしあんまりふざけた呼び方だと怒っちゃうから」

その言葉に嘘偽りは一分子すら無いだろう。

「えっと・・・じゃあ・・・先生は?」

「先生?うーーん・・・じゃあそれでいいわ」

「はい、先生」

「うん、わかれば良いのよ」

そこに話が一段落したと見たのか黄理が口を開いた。

「さて志貴ここにお前を呼んだのは他でもない・・・」

そこに一息入れて口にした言葉は思いもよらぬ台詞だった。

「志貴、お前に修行の為、蒼崎殿と共に欧州に行ってもらう」







当主の間を暫し沈黙が包み込んだ。

相手が落ち着くのを待つ沈黙と、驚愕の余り口を開く事が出来ない沈黙の二種類に・・・

やがてようやく志貴が落ち着いたのか言葉を紡ぎ始めた。

「え・・・と、父さん・・・な、なんで・・・」

「志貴、お前の実力はもはや七夜の中でも最高クラスに到達した。しかし、お前の体内には、未だ完全に覚醒していない力までもが存在する」

「根源の力と・・・それに・・・」

「そうだ・・・その制御には今まで行っている修行では到底間に合わない」

「ええ、それで私に相談があったのよ。そこで君を連れて欧州で魔術の修行をさせたらどうかって思ってね」

「・・・え・・・えっと・・・」

「焦って答えを出す必要は無い。今夜一晩ゆっくり考えてみろ。これは強制ではない。選択だからな」

「うん・・・失礼します・・・」

思案に暮れた表情のまま志貴は部屋を後にした。

「あいつには少々ショックだったか?」

「そうかも知れないわね」

「まあ・・・こいつに関してはあいつの意思を尊重するとしよう・・・ところで蒼崎」

「何黄理?」

「お前の好意には感謝するが、他に狙いはあるのか?」

「あら?何でそんな事思うの?」

「勘だ」

「ふふふ・・・鋭いわね。実はね・・・あの子の存在がこっち側じゃあ知られ始めているのよ」

「なに?」

「日本最凶の退魔一族の技法を継承した上に『アカシック・レコード』への六人目の到達者、と言う事で死徒や教会、埋葬機関、王立騎士団と、人間・非人間関係無くあの子の事を調べ始めようとしているのよ。幸い七夜だと言う事は知られていないようだけど」

「なんと・・・あいつの事は殊に秘密にしたはずだが・・・」

「調べようと思えば何だって調べるわよああいった連中は。もしあの子の所在が知れれば七夜にありとあらゆる勢力が干渉してくるのは目に見えているわ。一番最悪なのは無論死徒に奪われる事だけど埋葬機関や王立騎士団も何をするかわからないわよ。少なくても記憶操作・洗脳はやるわね・・・おまけに貴方の養女の姉妹あの子達感応者でしょ?」

「そうだ。本人達は自覚していないが」

「それだって連中にしてみれば格好の獲物よ。だから一旦志貴を七夜の里から姿を消してしまって連中の眼をごまかすのよ」

「なるほどな・・・」

「でも彼には言わない方が良いわ。世の中には知らなくても良い事なんてたくさんあるから・・・」

「ああ、少なくても今はな・・・」

それ以降二人は沈黙した。







歴史は澱みを脱した。

しかし、そこより先は激しき激流と化していた。

少年には重過ぎる選択肢が現れる。

進もうと退こうとその先には茨の道があるだけであろう・・・








後書き
   先生ご登場させました。

   一応黄理とは面識はありますけどあくまでも仕事上のパートナーであって浮気相手ではありません。

     したら奥さんに粉砕されますし・・・『極死・影蝕』で(笑)

     故郷出立はもう少し掛かるかと思いますがそれまでお待ち下さい。

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